発端

話はあの音楽旅から帰って来て間もなくの事でした。
同年のコーラスの友人からの電話で「私たちももう○○歳になっちゃったでしょ。記念に思い切ってサントリーホールで第九を歌わない?4年に一度なのよ。4年先にはもう歌えないかも知れないし」

サ・サ・サントリーホール? しばし黙考。そして1週間後、旦那様を拝みたてまつり、友人にOKの電話をかけたのでありました。

あめ玉

練習は2004年7月6日から始まりました。午後6時から9時までです。 友人と自由が丘駅で待ち合わせて、虎ノ門発明会館ホールへ張り切って出かけます。

ヴォイストレーナーS先生・・と言っても若い女性。歌唱指導、gakufuO先生・・と言っても息子位? 友人は「O先生の手、綺麗ねぇ」と感嘆の声。

真新しい楽譜を手にいよいよ練習開始です。 アルトの隣がバス、その隣がテノール、その向こうがソプラノ。女声コーラス所属の私達にとって、隣のバスの音が耳新しく心地よく響きます。 休憩の時、友人はお隣の素敵な声のバス氏にあめ玉一個進呈。
「このあめ玉、美味しいですねぇ」と低音でお礼の声。あめ玉一個の効果的活用法を知りました。

猛暑

7月20日(火)。一週間に一度の第九の練習日です。 この日、 東京の最高気温は39.9度とか。新記録!初体験! 長生きはするもの!ミイラ化予防にペットボトルを抱えて参ります。

「この**暑いのに、よくもまぁ、私たち熱心に通うこと!」
「ほんと!家の連中も呆れてる!」

この日の練習で、バスに二人オンチさんが居ることが分かりました。一人はどうしても1オクターブ下を歌う。一人は勝手に作曲してしまう。
「あのねぇ、ベートーベンはその音を要求していないんです。」 O先生は一緒に1オクターブ下から歌って苦心のリードです。

休憩後は再び暫時発声練習です。ボイトレのS先生が素敵なドイツ語の発音をご披露して下さいます。
frroide・・・(およし流表記)rrが重なってるところなど、巻き舌の練習。これは出来る人、出来ない人半々くらいの模様です。皆様は如何ですか?rrrrr〜〜♪(@_@)

9月

流石に8月は第九の練習はお休みで、9月から再スタートです。
9月14日はひどく蒸し暑い日でした。日本列島を台風が次々に襲って九州始め各地の被害甚大です。

「ねぇ、後ろにデックングされてない声が聞こえて歌いにくくてしょうがないし、それにピアノの音が良く聞こえるように一番前に座らない?」と友人。まぁ、いっか。と舞台の目の前に陣取ります。
「今日はEnglandからGreeceあたりを重点的に練習しましょう!」と先 生。ご存じの方はご存じでしょうが、楽譜のコーラス部分に分かりやすいようにアルファベットの記号がついており、それぞれEをEngland、GをGreeceなどと呼ぶのです。何となくイギリスやギリシャなどを連想して楽しくなります。

と、O先生の大きな目がしっかりとこちらを向いて、
「ビブラートつけない!」と注意が飛びます。

今回のこの第九の演奏は古楽器を使用して出来るだけベートーベンの時代に演奏されたスタイルに忠実に演奏することを旨としているのだそうです。これを称してピリオドアプローチと言うらしい・・

ホラ、一番前は目立つよぉ・・・
「私、注意されちゃった」 「ううん、あれ、私の事よ」
二人とも自分の事だと思ってビビッテおりました。

伏兵

7月に「合唱練習出席表」というカードを貰いました。出席するたびにハンコを押して貰うのです。7月6日から10月5日まで9個のハンコが綺麗に並んでおりますが、 10月12日から26日まで、空欄が続いております。思わぬ伏兵、風邪をこじらせて不覚にも寝込んでしまったのです。 私は残念ながらその間、「ベートーベン作曲交響曲第九番ニ短調作品125『合唱』『歓喜に寄す』『シラーの詩による』」の練習が出来なくなってしまいました。

「明日も、未だ調子が悪いので、「ベートーベン作曲交響曲第九番ニ短調作品125『合唱』『歓喜に寄す』『シラーの詩による』」の練習はお休みします」・・と(?)友人に電話致しますと、ご主人が出ていらして申し訳なさそうに、「あ、家内はただ今健康クラブに出かけておりますので伝えておきます。」とのお返事。どうしてそんなに元気にして居られるのでしょ?
彼女は家族旅行でグアムに行った一回を除きハンコをぎっしり詰め込んだ立派な「合唱練習出席表」をゲットしたのでありました。健康であることの大切さすばらしさ羨ましさをしみじみ感じたおよしでありました。

ハッピー通信&本名マエストロ登場!

合唱指導のO先生は密かに不思議な小説をものされるお方らしい。
筆の立つ先生としては、毎週「みんなで歌おう!オークラ第九フロイデおさぴい虎ノ門ハッピー通信(仮称)」なる印刷物を配って我々を叱咤激励なさいます。 曰く、パワーアップを!緻密な練習、大胆な演奏!そろそろ手ぶらうたいを!(暗譜) 語尾の子音はしっかり発音!音が高くて無理だと思ったらパス。(気持ちだけ参加)、自分に厳しく謙虚な音程を!などなど、ユーモアを交えたエピソードの合間にピリリと。

暑い暑いと言っているうちに何時しか時は11月6日。 オーケストラの指揮者、本名徹次マエストロが登場です。未だ体調が本当でない私もこの日は何が何でもと頑張って出席致しました。
「発明会館にはいつになく出席メンバーがひしめき!いつになくお洒落な女性たちにあふれ!いつになく妙な緊張感に包まれ!いつになく時間の経つのが早かった・・・。」 とは、この日の事を記した「あっさりすっきり虎ノ門通信(仮称)」のO先生の文章です。 流石に鋭い。私も女性のはしくれ?として目一杯しゃれこんで張り切って出かけたものでした。

本名マエストロは小柄です。でもその指揮に魅了されました。その牽引力は強力でした。大きく小さく自在に振られる両手に目が釘付けになり、自然にコントロールされてしまう不思議。これぞマエストロ!本当にあっと言う間に時間が過ぎてしまいました。
マイクロフォンの音が嫌いというマエストロは大きな声でものを言いますが良く聞こえない部分がありました。でも、その両手がものを言うのですねぇ。やはりカリスマ的要素を持っている方かも知れません。
「すごいわねぇ。」
「流石にオーケストラの指揮者だけあってね。」
「世界で活躍してる人は違う!」
などと友達と興奮する。

すべての道は〜

12月7日、ようやく体調が整ったおよしは出かけます。もう4週間を残すのみ、絶対に休めません。全ての道は虎ノ門に通ず!火曜日の第九の練習の為にあちらもこちらもキャンセルしてエネルギーを温存です。
私が休んだ先々週には、本名マエストロが2度目のタクトを振られたそうですが、「全然ダメです。」とか「全然音が低い」とか悉くダメを出されたとか。従って歌唱指導のO先生の大きな目玉が益々大きくなりこの日の練習は休憩時間も無く、何時もこちらを睨んでいるように感じられ、思わずこちらもO先生の顔を凝視。

「皆さん、(ここで、4分休符)僕の顔じゃなく、僕の手を見て下さ〜い。」 「音程低いぞ」「もっと声を張り上げて!」「あ、悲鳴や絶叫じゃなくて音楽をお願いします。」「テンポを正確に」「そこはスフォルッアンドフォルテですよ」「クレッシェンドが早すぎる!」「もう第九ごっこは止めようよ!」

追い込み期間突入の本日のおさぴい虎ノ門通信(仮称)には
「今日も妥協せず高い理想は捨てず多少の厳しさにもめげずベートーベンという孤高の大芸術家の深くて美しい第九の精神世界に一歩でも近づくために、保身と甘えを捨て、みっちり歌いましょう!!!」と、エクスクラメーションマークが3つもついていたのでありました。

大詰め

2004年の7月6日から始まった第九の練習も、いよいよ大詰め、12月21日は虎ノ門の発明会館での練習の最後の日となりました。
ダイネーツァウベルビンデンヴィーデルから最後のゲ〜〜ッテルフンケン!まで、アカペラで、また速度を変えてあの手この手の練習。皆さんも一生懸命です。テノールさんがとても上手になりました。
「テノール、良いですねぇ〜。これが夢でありませんように。」
「ソプラノ、綺麗です。ア、これ、一寸褒めすぎかナ」
「アルトは日本人のA型みたいに圧倒的な数を誇って居る割にはパワーが足りないですよ〜」などととO先生。本番の心得など細々と受験生の親のようにご心配下さいます。

「ところで皆さん、ソリストのアルトが男性だってご存じですか?」
既にチラシで承知之助。カウンターテナーなのです。
「あ〜、皆さんご存じでしたか。よかったぁ〜」
何がよかったぁ・・なのか分かりませんが、何となく楽しみです。

カウンターテナーと言えば大分以前に友人に勧められて「カストラート」 という映画を見てすごいと思った事がありました。不思議な映画でした。
それに、一時スラヴァに夢中になった事もありましたっけ。

クリスマスツリーのさんざめき

クリスマスが近づき、ホテルオークラの前にも大きなクリスマスツリーが美しく輝き、帰り道の夜景が心を浮き立たせます。
12月27日、この日は慣れ親しんだ発明会館の前をつれなく通り過ぎホテルオークラの『平安の間』に大集合です。ここで練習後、いよいよもっと広い『曙の間』に移動してオーケストラと初合同練習です。

実はこの第九はホテルオークラが主催して居りますのでオークラの優しい「ホテリアー」氏が色々お世話を焼いて下さいます。
当日・・と言っても明日・・の並び方どうりに並ぶように冬の最中というのに汗をかきかき説明です。みなさんざっと並んでみましたら、背の高さをコンピューターに打ち込むのに、逆に打ち込んでしまったとかで真ん中が高く、はじっこが低くなってしまいました。 ホテリアー氏、益々の汗です。 道理で女性では一番前の列の私の前に大木のようなテノールさん達がずら〜りと並んだので、殆ど指揮者が見えません。
それでもオーケストラの生の音に興奮しながら、力強い本名マエストロの指揮をつま先立ってノッポさん達の隙間から垣間見ながら頑張って歌ったのでありました。

チェックイン

2004年12月28日、いよいよ本番の日がやって参りました!
朝9時半に友達と待ち合わせて出発です。 ボストンバッグに白のブラウスと黒のロングスカート、それに一泊する為のあれこれを詰め込んで。 そう、今夜は第九が終わってから打ち上げパーティーがあり、ホテルに友達と一泊するのです。
例年ならば暮れの28日と言えばてんてこまいの忙しさ。末広がりの八の日に縁起物の注連飾りやお正月のご馳走の材料を買いだしに行ったり、大掃除などでクタクタに疲れる日なのです。

それが、何事じゃと思われても、もう、乗りかかった船です。旦那様に丁寧にご挨拶してそっと玄関のドアを閉めます。まるでしおしおと家出をする猫みたいに靴の音までピアニッシモで。
家から20メートルも離れると何故か俄然ヒールの音がカツカツとフォルテッシモです。まるで海外旅行に行くような昂揚した気分です。

友達とホテルにチェックインして部屋に一旦荷物を納め、軽い昼食を取ります。
12時40分、合唱団集合、大型バス4台に分乗してホテルからサントリーホールに移動です。歩けばなんの事はありませんが、もう我々は荷物と同じです。
1時から舞台並びの練習、発声練習、そして2時からいよいよゲネプロ(総練習)です。 これまで一緒に並んで練習してきた友達は背が高いので、チビの私とはここでお別れです。 コーラスではソプラノを歌っていた彼女ですが、第九では、流石に高音が満足に出ないとの事で私と同じアルトを歌います。とても良い声で、隣同士で歌って安心なのでした。

サテ、背の順に並んだお隣さんは? 右隣りの方はと〜っても明るい性格の方。
「私第九歌うの初めてなんですよ〜。何でも珍しくってぇ〜。宜しくお願い します!」
左隣の方。「後ろの方、音程が低くないですかぁ〜?歌いにくいですねエ!」
・・あら、そう?(ここで余談:韓国語では分かったという意味ですよね(*^_^*))
私は自分の事で精一杯。でも、ドイツ語の語尾をきっちり発音している人が居るなぁと感心していたのでしたが。

聞けば左隣さんは昨年、ウイーンの楽友協会で第九を歌ったのだそうです。
へ 〜〜〜〜♪
「向こうの人たちは上から下まで黒いドレスでしたよ。それに私たちは勿論暗譜でしたけれど、あちらは楽譜を持って歌ったんです。よく暗譜してるって感心されました。」
へ 〜〜〜〜♪
ゲネプロ

ゲネプロの為、いよいよホール入場です。 オケのメンバーも楽器を抱えて入場です。
このオケですが、「ホテルオークラ「第九」記念オーケストラ」という特別に編成されたオーケストラなのだそうです。本名マエストロのお力で古楽器のスペシャリスト達を集めたのだそうで少し前にお友達に誘って頂いて聴きに行ったバッハコレギウムジャパンの団員、ドイツからウイーン交響楽団員、ビュルテンベルク・フィルのコンマス、他、NHK交響楽団員、読響団員、東京都交響団員、芸大大学院古楽器科学生等々で皆さんやるき満々です。

音合わせの楽器が鳴り始めました。 そしてソリスト登場です。
うん、なるほど、アルトはヘアースタイルがユニークでGパン姿の格好良い若い男性です。ソプラノは森 麻季さん。このときまで知りませんでしたが、飛び切り美しいソプラノで、お陰で聞き惚れてうっかり歌い出しが遅れてしまった程でした。
無我夢中で緊張のゲネプロが終わり、ぐったり疲れてしまいました。 本番はこれからというのに、大丈夫?

バスで再び一旦ホテルに戻り、お茶とサンドイッチで一息です。 部屋に帰ってステージの衣装に着替えをします。といっても簡単です。以前コーラスの発表会の時に着たブラウスとスカートに着替えるだけですから。
5時、再度集合、サントリーホールへ! 遂にその時は来たれり。 ぞろぞろと行進してガードマンにIDカードを見せ、男性は男性の楽屋に、女性は女性の楽屋に待機です。男性はタキシード姿に変身してとてもご立派になってしまいました。
控え室は狭いので満員です。不安そうにしている人、隅っこで一生懸命ぎりぎりまで楽譜とにらめっこの人、おしゃべりをしている人・・・座って居る人、立って居る人。この間友達と誘い合って2度トイレに行く。

本番

6時、開演のチャイムが鳴りました。コンサート開始です。 「ベートーベン作曲交響曲第九番ニ短調作品125『合唱』『歓喜に寄す』『シラーの詩による』」の前にホテルオークラ音楽賞を受賞したピアニストとギタリストのベートーベンとヴィヴァルディーの演奏が始まりました。残念なことに生で聴く事が出来ません。仕方ないか・・・

やがて暫ししてホテリアー氏が私たちを誘導します。
「席順にアルトから廊下に出て並んでください。控え室から出ましたらおしゃべりはなさらないで下さい。客席に聞こえますから。」
みんな神妙な顔でずら〜りと廊下に並びます。スピーカーからベートーベンのピアノ協奏曲第1番が低く聞こえております。廊下のあちこちで咳ばらいが始まります。喉がかさついてきました。私も「コン・コン」と小さく咳払い。
いよいよホテリアー氏がスイとドアを開けますと、そこは紛れもないサントリーホールでした。もう覚悟して胸を張り、スカートをふんずけないように注意しながら席に着きます。

オーケストラの後ろに男声コーラス、その上、ステージの後ろの客席の所に女声コーラスが陣取りました。客席から見るサントリーホールは大きいと思いましたが、ステージから見ると、客席が全て見渡せ、それほど広く感じません。
でも、客席のライトが落とされ、ステージだけが明るくなると胸がドキドキです。
やがて「ベートーベン作曲交響曲第九番ニ短調作品125『合唱』」第一楽章が始まりました。太鼓の音がやけに大きく響きます。それはそうだ、すぐ目の前にあるのですもの。 まだ第2楽章、第3楽章があるんだわ、と思いましたら落ち着いてきました。

合唱

やがて何時の間にやら心地よいオーケストラの響きに観客気分で引き込まれておりました。美しい第3楽章に入りました。親友の一人は自分のお葬式の時にはこの第3楽章をかけて呉れるように頼んであるとのこと。なんとなんと!
夢心地の第3楽章も地球の自転と共に進行し、遂に第4楽章に突入!ブシュターベ208、プレストの所で立ち上がるのです。既にソリストの4人もキチンと席に待機しております。カウンターテナー氏は立派なタキシード姿でした。よかったぁ〜

ターン、タタタタタタタタタタタタタタァ〜♪ そ〜ら、バリトンのソロが始まりました!
オーフロ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イデ〜〜〜♪ ああ、友よ、そんな調べではだめなのだ! 声を合わせてもっと楽しく歌おうではないか もっと喜びに溢れる調べで!

私の前はバスです。すぐ前の若い男性の後ろ姿はまるっきりパク・ヨンハ !(^^)! そのパク君の声の素晴らしいこと!全ての悪声も清められてしまうほどです。うっとり。 ソプラノにはボイストレーナーの先生が入っております。テナーにもやはり若いボイトレの先生が入って居られます。それからして、このパク・ヨンハ君ももしかしたら、助っ人??
Dオーバー海峡を渡ってEングランド、Gィリシャ、歓喜のテーマMィラノを通り私の好きな荘厳でデリケートなNァポリに痺れ、ブシュターベ651の高音に声帯を思いっきり開き、フーガに突入!Sアイゴンに来てテンポが早くなり、ブシュターベ855からは特急列車、のそのそしてたら置いてきぼりを食らいます。そして最後のプレスティッシモはフンケン!で殆ど放心状態です。

終わったぁ!
万雷の拍手です。ソリスト達が出たり入ったりのアンコール、そして合唱指導でご苦労されたO先生が嬉しそうなお顔で花束を受けておられます。

打ち上げ

八時半からホテルの曙の間で打ち上げパーティーです。先ず、オークラ音楽賞の授賞式がありました。若い二人が初々しく花束を受ける姿は良いものでした。
それからは食べろ食べろ♪♪ 200名余とオケのメンバー、エトセトラの胃袋はすごい。朝7時から仕込んだというシェフおすすめのパエリアは一粒残らず跡形もなし。食べそびれて残念!

大きなスクリーンに、発明会館の練習風景からリハーサル、本番のビデオがもう編集されて写されました。暑い7月からの楽しかった練習の事など交々に思い出しながら、歌い終わった安堵感と共に食い入るように眺めます。
兎に角歌った。兎に角良かった。この良かったは自分としてうまく歌えて良かったではなくて、何とか無事に歌えて良かったという意味の方が大きいのです。
ビール、カクテル2杯、ワイン2杯飲んだ(自分の事は棚に上げ)超元気な友達と部屋に帰りました。

フィナーレ

「あ〜ぁ、とうとう終わったわね〜。そろそろ寝ましょうか。」
「あのね、アタクシ、寝る前に何時もゴキブリ体操するのよ。」
「え?」
ベッドの上に仰向きになった友達は断末魔のゴキブリのような格好で手足を上げ、ぶるぶると振るわせるのです。
「あたしもやる!」
大きな2匹のゴキブリがぶるぶると手足を振るわせたところで 「ベートーベン作曲交響曲第九番ニ短調作品125『合唱』『歓喜に寄す』『シラーの詩による』」の演奏会は完全に終わったのでありました。

翌朝は東京の初雪でした。 ホテルの窓からふわりふわりと降る初雪を眺めながら大変でもあり優雅でもあったあしかけ2日間の記念すべき大イベントに別れを告げました。




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