「ママさん、夕食までに時間がありますからエステに行ってみますか?」
「エッ? エ・ス・テ?」
エステなんて生まれてこの方一度も体験したことありません。でも、冥土の土産とはこのことかも知れないとばかり、いそいそと連れだって出かけました。赤ん坊はお気の毒ながら3人の留守番役にお任せです。ホテルの門を出たところで、タクシーを拾います。
「イダ、流しのタクシー、大丈夫?」「ジャカルタのタクシーは危ないけれど、バリは大丈夫です。」
思いの外の距離を走り、ヌサドウアに近い所にあるエステ・サロンに到着です。流石エステサロン、一歩足を踏み入ると良い香りがして、安らぎの音楽が流れ、もう、少し綺麗になったような気が致します。
「ママさん、写真撮らなくても良いのですか?」やたらに何でも写真に撮りたがる私と見たな!でも、この時は荷物は邪魔になると思い、カメラは持って来ませんでした。
受付でコースを決めます。私には日本人女性のスタッフが応対です。何処にでも日本人は居るのですね。イダが思ったよりずっと料金が高く、10年間で随分値上がりしたとビックリしておりました。ひょっとして日本人値段になってしまったか?2人の若い女性が現れて部屋へ導きます。アラ、さっきのタクシーの運転手がホールに居ります。イダにそのことを言いましたら、待って居なくても良いとはっきり断ったそうです。他の客を待つのでしょう。
私つきの若いバリ人の女性がたどたどしく私の名前を呼んで部屋に案内してくれます。全て初体験の私、リラックスどころか緊張です。恥かしながら着衣を脱ぎ捨てて、簡易パンツに身を隠しバスタオルにくるまり、ベッドに俯せになります。体中にスクラブを塗り、マッサージが始まりました。しかし、顔を乗せている瓶(中から良い香りが立ち上ってくる。)の上のマットがずれて、瓶の縁に顎が当たって少し痛い。おまけに扇風機の風が裸には一寸涼しすぎるなぁ、これが終わったら次に何をされるのかしら、等々気にかかることばかり。
顔が痛い、扇風機が寒いと女性に言ってようやく快適になった頃、シャワーへどうぞ。隣の部屋はゴージャスなバスルームです。ライオンの口からお湯が出てきます。ぬるぬるの体を洗って部屋に戻ると再びオイルを塗ってマッサージ。今度はバスタブへ。2時間コースですが、もう2時間をはるかに過ぎているような感覚です。ゆっくりお風呂に入っていても大丈夫かしら?・・・・全く高いお金を払ってどうしてこう色々心配しなくてはならないの?やっぱり私は空港の隅っこの足裏マッサージの方が向いている。
「ママさん、如何でしたか?」すっきりした顔のイダに「再会」してほっと一安心の私。「とぉっても気持ちよかったわ。有り難う!」
出口に来るとさっきのタクシーの運転手が待って居るではありませんか。しかも何故か男の子を連れて居ます。まぁ、どうぜタクシーで帰るのだからと、このあまり綺麗でない車に乗り込みました。エステティック・サロンから出たら、もう少し綺麗な車に乗りたいなと思ってしまいましたが、まぁ、我慢です。タクシーが走り出すと、運転手がイダに盛んに話しかけます。イダも質問したりして会話が弾んでいます。「何を話してるの?」「去年の爆弾テロの時の話をしてます。」「その話あとで、教えてね。」
そのうち、会話が急に途切れました。何だか隣の席のイダの体がキュンと緊張したように感じました。運転手が真っ直ぐ走るべき道を左に曲がったからのようです。イダがドアを少し開いて何か強い調子で言いました。少しして車はバックして、元の道に戻り、やがて無事にホテルに着きました。
車を降りた途端に、
「オー、ママァー、こわかったぁ!」と私にしがみつくイダ。
「え?どうしたの?」と状況が良く把握出来ていない私は暢気です。
運転手はホテルとは違う所に連れて行こうとしたのだそうです。多分時間が時間なのでレストランかどこかではなかったかというのですが。そしてなにがしかのチップを得ようという魂胆だったのでしょう。そこで、「ホテルで赤ん坊が待っているからすぐ帰らなくてはならない、もしそうしないならばドアを開けてここで降りる」と言ったのだそうです。ホテルへの道を知っていたから良かったけれど、知らなかったら何処かへ連れて行かれたかも知れないと。
後でガイドブックを読みましたら、悪質なタクシーで悪い仲間がいる所へ連れて行かれ、飛んでもない事になる場合があるから流しのタクシーは要注意、と恐ろしい事が書いてありました。
「イダ、このこと、内緒ネ。」「ハイ。分かりました」
イダと私は何食わぬ顔でホテルに帰ったのでありました。
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