「セラ」そして「ガルニエ」
黄金のジャンヌダルク像を目標に「セラ」の店に行きました。セラの店はリヴォリ街にあり、思いの外綺麗なお店でした。トレンチコート氏のフランス人の奥さんと、日本人の女の店員さんが歓迎してくれました。セラは、奥さんの名前だったのです。そのセラが、熱い日本茶を出してくれました。フランスの水でも、良く沸かせば石灰分が溶けて美味しく飲めるとの事でした。
トレンチコート氏は、三越に現地採用されましたが、見切りをつけて昨年独立し、この店を開いたとのこと。日本人のツアーについて歩いては少しでもサービスしてセラにお客を運ぶという涙ぐましい努力をしているわけでした。サービスされた割には我々はあまり大した買い物もしませんでしたけれど、約束どうり、また降り出した雨の中をホテルまで送り届けてくれました。セラで買った安物のエッフェル塔のキーホルダーは、リヴォリ街のあの雨の夕方をいつまでも思い出させてくれます。彼等は今、どうしているでしょう・・・
ルーブル見学をパスしたI さん共々夕食の段となりましたが、たまたまそこにいたよそのグループの添乗員さんが、ホテルのすぐ向かいのガルニエというレストランには日本語のメニューも置いてありますよと教えてくれました。同じツアーの女性二人づれも一緒に6人してガルニエの客となりました。この二人づれは夜勤明けに飛行機に飛び乗ったという、魚津の看護婦さん達でした。
テーブルにつくと、正装したギャルソンがスィーっとメニューを持って来ました。フランス語です。
「Is there Japanese menu ?」とブロークンイングリッシュで。
「Non.」と澄ましてる。
日本語のメニューがありますなんて言ったのだーれだ?
結局ここは牡蠣料理の専門店のようなので、牡蠣を注文しようということになりました。我々が「カキカキ」言ってるのを聞いたギャルソンは、「キャキィ?」と聞いてきます。
「Oui」
「Dozen?」「Dozen?」・・・やな予感。ままよ、「Oui」
アラジンの魔法のランプをこすったかのように、恐るべき量の牡蠣が大きなお皿にドカーンと現れました。何と1人宛1ダースです。日本海育ちの看護婦さん達は見事な食べっぷり。私も頑張ったけど5つ食べてギブアップ。美味しかったのかどうか味も分からないほど緊張して居りました。
余った牡蠣は、ギャルソンに「pack]と言って包んで貰って添乗員さんにお土産に差し上げました。サン・ラザール通り111番地、Restaurant de mer Garnierの事は一生忘れません。
| ガルニエの牡蠣の大皿
看護婦さん達
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